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地球から4光年離れたケンタウルス座アルファ星を舞台とするSFストラテジー、シド・マイヤーズ アルファ・ケンタウリ。
時間と距離が遠く離れても引き合いに出される、地球の偉人の言葉を集めました。
老子
老子像 By Thanato,CC BY-SA 3.0,Link
- 推定:紀元前6世紀ごろ
老子(ろうし)は、春秋戦国時代の中国における哲学者。諸子百家のうちの道家は彼の思想を基礎とするものであり、また、後に生まれた道教は彼を始祖に置いています。陰陽二元論は、道教の概念。
![]() 道教のシンボル 太極図 パブリック・ドメイン, Link |
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天は長く、地は久し。
天地が長く、かつ久しく存在しつづけられるゆえんは、みずから生きつづけんとせず、無心であるから、だからこそ永久に生きられるのだ。— 老子

しかし、陰陽二元論は克服できるとわたしには断言できる。悟りを十分に開けば、われわれはあらゆる特質に実体を与えることができる。体と無関係の心にも、南と無関係の北にも、痛みと無関係の喜びにもだ。悟りとは、物理的な力ではなく、意志の力で開くものであることを忘れてはならない。
— ション・ジ=ヤン議長,“心と物資に関する随筆集”(架空の作品)

プラトン『国家』『饗宴』
プラトン(左) アリストテレス(右) ,Public Domain, Link
- 紀元前427年 – 紀元前347年
プラトンは古代ギリシアの哲学者。ソクラテスの弟子にして、アリストテレスの師です。
『国家』『饗宴』は共にソクラテスなど哲学者の対話篇の形式の著書。
もし未来の支配者に、支配者であることより良い生活を見つけてやれたら、良い政治の行われる国家が可能となる。なぜならそうした国家においてのみ、真に豊かな人間が支配者になるからだ。黄金をたくさん持つ者ではなく、幸福を生み出す美徳と知恵に富んだ者がである。
— プラトン,“国家”

さらに、この完ぺきな徳を生みだし育てる時、彼は神に愛される者となり、万一、誰か人間が永遠のいのちを持つことを許されるならば、彼こそがその人物となるであろう。
— プラトン,“饗宴”

アリストテレス『ニコマコス倫理学』
未来の征服王アレクサンダー(左)の家庭教師をするアリストテレス(右), Public Domain, Link
- 前384年 – 前322年
アリストテレスもまた、古代ギリシアの哲学者。研究分野は文系理系を問わず多岐に渡り、アレクサンダー大王の家庭教師であったことでも知られています。
- ソクラテス
- プラトン
- アリストテレス
- アレクサンダー大王
と、師弟関係が続いているんですね。アリストテレスは、人間の本性が「知を愛する」こと、つまりフィロ(愛する)ソフィア(知)にあると考えました。これが哲学=フィロソジーの語源です。
悪徳の者は、情念や行為において、不足しているがゆえに、あるいは過剰であるがゆえに、正しきことを取り逃がす。
それに対して徳のある者は、中庸を見いだし、それを選ぶ。— アリストテレス,“ニコマコス倫理学”

幸福な生活とは、卓越した生活だと考えられる。卓越した生活というのは真剣さを必要としていて、遊びからは生まれない。エウダイモニア、すなわち幸福が、卓越性に即した活動だとするならば、当然それは、最高の卓越性に即した活動であるのが望ましい。そして最高の卓越性とは、われわれの持つ最善のものの卓越性を意味すると言えよう。
— アリストテレス,“ニコマコス倫理学”

聖アウグスティヌス『告白』
晩年を過ごしたアフリカ・ヒッポでのアウグスティヌス肖像
By http://www.nationaltrustcollections.org.uk/object/1257059, Public Domain, Link
- 354年 – 430年
聖人アウレリウス・アウグスティヌスは、古代キリスト教の神学者、哲学者、説教者。母のモニカもまた聖人で、アメリカ・カリフォルニア州のサンタモニカ市の由来となっています。
『告白』でアウグスティヌスは、「私は肉欲に支配され荒れ狂い、まったくその欲望のままになっていた」(同棲していた女性について)など、自分がこれまでの罪深く道徳にはずれた人生を送ってきたことをどれだけ悔いているかについて述べています。
回心したのちの大著として『神の国』が有名。
悪しき者たちが、彼らを楽しませるさまざまなことをわたしに語ったが、彼らはあなたの法に従ったことは述べなかった。
— 聖アウグスティヌス,“告白”

李白
李白墨筆画
E0008311 李白吟行図 – 東京国立博物館 画像検索, パブリック・ドメイン, Link
- 701年 – 762年
李白(りはく)は中国の盛唐の時代(8世紀初期)の詩人です。唐代のみならず中国詩歌史上において、同時代の杜甫とともに最高の存在とされ、奔放で変幻自在な詩風から、後世『詩仙』と称されています。
— 李白

ニッコロ・マキアヴェリ『君主論』
マキアヴェリ パブリック・ドメイン, Link
- 1469年 – 1527年
マキアヴェリは、イタリア・ルネサンス期の政治思想家。理想主義的な思想の強いルネサンス期に、政治は宗教・道徳から切り離して考えるべきであるという現実主義的な政治理論を創始しました。
『君主論』では歴史上の様々な君主および君主国を分析し、君主とはどうあるものか、君主として権力を獲得し、また保持し続けるにはどのような力量が必要かなどを論じていました。その政治思想から現実主義の古典として位置づけらています。
ゆえに賢明な君主は、市民がいつでも、またどのような状況でも、彼による統治が必要だと感じるような方策を考えるべきだ。そうすれば、市民は常に君主に忠誠を尽くすだろう。
— ニッコロ・マキアヴェリ,“君主論”

こちらもどうぞ→『君主論』を愛読した偉人たち
カール5世はその長い章句を暗記し、カール5世に可愛がられていたオラニエ公は自らの手でこの本の要約を編みました。

リシュリューは重大な決定に際して必ずこの書を参照したと言われています。

イマヌエル・カント『純粋理性批判』
1724年 – 1804年
感じる力がなければ、いかなる対象もわれわれに与えられはしないだろうし、解釈する力がなければ、いかなる対象も思考されはしないだろう。内容を欠く思考は空虚であるし、概念を欠く直観は盲目的である。
— イマヌエル・カント,“純粋理性批判”

経験が、その対象についての諸概念と、必然的な合致を見うる道は二つしかない。経験がこれらの諸概念を可能ならしめるか、もしくはこれらの諸概念が経験を可能ならしめるかのいずれかだ。
— イマヌエル・カント,“純粋理性批判”

セーレン・キルケゴール『死に至る病』
1813年 – 1855年
そして砂時計が、時間の世界の砂時計が終わりをつげ、世俗の生活の音がしなくなって、落ち着きのない無益な活動に終止符が打たれ、まわりのすべてのものが永遠の中にあるかのように静止した時、永遠があなたに、そして幾百万の人間の一人ひとりに尋ねることはただ一つ、あなたが絶望のうちに生きてきたか否かである。
— セーレン・キルケゴール,“死に至る病”

ハーマン・メルビル『白鯨』
ハーマン・メルビル 1819年 – 1891年
大海原を覆う静かな美と輝きを眺めていると、人はその下で虎の心臓が激しくリズムを刻んでいることを忘れ、ビロードのような前足に残忍な牙が隠されていることを思い出そうともしない。
— ハーマン・メルビル,“白鯨”

フリードリッヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラはこう語った』
1844年 – 1900年
創造主が求めるのは仲間であって、死体でも家畜の群れでも信者でもない。創造主が求めるのはともに創造する者、すなわち新しい価値観を新しい銘板に書き記す者である。創造主が求めるのは仲間であって、ともに収穫する者である。なぜなら彼のもとではすべてが成熟して、収穫されるのを待っているからだ。
— フリードリッヒ・ニーチェ,“ツァラトゥストラはこう語った”


アインシュタイン「神はサイコロ遊びをしない」
アインシュタイン 1879年 – 1955年
アインシュタインが墓の中でのたうち回っていることだろう。
神はさいころ遊びをするだけではない。いかさままでやる。— ション・ジ=ヤン議長,“神を正面から見据えて”(架空の作品)

まとめ:最初と最後で地球の常識を否定する議長
著者・発言者の生きた時代順にならべ、地球の著者以外では、「陰陽二元論」「アインシュタイン」という固有名詞が出てきたので拾ってみました。
- 古代の地球の哲学「陰陽二元論」
- 現代の地球の科学(者)「アインシュタイン」
丁度最初と最後を否定しているという点が興味深いです。
古い哲学から今の科学まで、地球の常識が過去のものとなった世界観を、見事に表しているといえるのではないでしょうか。
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